学ぶということ、未来を創ること
100マス計算をやっていくと、どの子供も皆変わっていきます。一番分かり易いのはタイムが縮むことです。はじめ、6分かかっていた子が5分を切りるようになる。さらにずっと時間をかけてやり続けるとまさかという人がいるかもしれませんが1分を切る、しまいには30秒くらいでできるようになります。どこが変るのでしょうか。それは頭が、つまり思考が変るのです。考えること、思考のスピードがどんどん速くなっていくのです。間違いも減っていきます。字もきれいになっていきます。それだけではないのです。大体の人たちが次第に落ち着いてくるのです。静かになり、優しくなります。人間が変っていくというのはそういう事なのです。100マス計算だけではありません。国語の音読も同じです。半年も実行すれば子供たちが変るという事がよくわかるはずです。
つまり、学ぶと人間は変わるのです。それは学ぶ前には知らなかったことが、分かり始めると人間は変わるのです。つまり新しい知識を得て、その知識をもって物事を見るとそれまでの見え方とは全ての物が全く違って見えてくるという事なのです。ものの見方が変る。これは人間が変るという事です。
皆で変わっていく事ができればもっとすごいことになります。
例えば政治の仕組みが分かるとその政治をどう変えるといいかという考えがはっきりします。するとそういう社会を作っていこうという方向性が見えてくるわけです。つまり、学ぶという事は自分を変えるばかりか、自分たちの未来を創るためには絶対に必要なこととなります。まさに、学ぶことは未来を創ることなのです。
「できる」から「わかる」
通常、「わかる」ことからできるようになると考えます。しかし、私たちが経験してきた過程では、生徒たちは「できる」という事実から、自分自身への自信が生まれ、そのことからやがて「自分もわかるのだ」という発見に至っています。「できる」から生まれる自信、自己肯定感の発揚という精神活動のありようでもあります。
この「できる」ようになった地点からもう一度学んだことを見直すと落ち着いてみることができるのです。するとそこで問題の構造が非常によく見えて、「わかる」ことになるのです。即ち「できる」から「わかる」ようになるのです。「わかる」から「できる」。逆転して「できる」から「わかる」に至る側面の働きです。
学び合い、教え合い、友情のスクラム
「友情のスクラム」生徒同士が学び合い、教え合い、その様子です。教師が教えるよりも、生徒に教えて貰う方が気持ちの上でフラット、気安く、「なんでそうなるん?」などと質問できます。多分、授業中であればそんな質問もしないで通り過ごすでしょう。
もちろん、一人取り残される子がいないように援助の注意が必要な生徒には教師がフォローできるよう注意しなくてはなりませんがなるべく生徒集団の動きに任せることです。
時には教えて貰う方が「おまえ、もっとうまいこと説明しろや」などと生意気なことを言ったりもします。教える側もどうやって説明すべきか、迷い、あるいは相手がどういうことで理解できなくなっているのか色々考えを巡らせます。明らかに教えることが教える側の認識そのものも深めていく様子が見えるのです。
学びは遊び
ー学びの本質ー
よちよち歩きの乳幼児の発達の様子を見ていますと「学びは遊び」であることがはっきり分かります。特にこの時期には「学び」というような側面は彼らの意識には存在しません。いわば行動の全てが冒険であり、遊びなのです。どんな行動を取って見てもそれはまるですべて新しい世界への探検であり、冒険なのです。誰も踏みしめたことのないまっさらの雪に覆われた原っぱの上を行くかのようなワクワクドキドキの世界なのです。しかも一度踏み入れた世界への興味はあっという間になくなります。今しがた猛烈に面白く感じていたことはもはや見向きもしないほどの興味のない世界に変わります。そして次々にまだ踏み込んだところばかりを目指して挑戦し続けるのです。この本性は小学生になっても、中学生になっても常に学習の真ん中に貫いています。
ー本当にマスターしたいことと今の段階でやらないといけないことー
ただ次第に学習の経験が広がっていくにつれ、一見無関係に見えることもそこをしっかりマスターしないと自分が達成したい次の課題がマスターできないことが分かってきます。勉強をするときがどの学習の土台
につながっているのか、しっかり意味関係をはっきり意識してやること
で、勉強が面白くなり、学習は全く苦にならなくなります。むしろもっと、もっとと追いかけるほどの世界へと変わるのです。本当にマスターしたいことと今の段階でやらないといけないことの関係が見えなくなると勉強は実にしんどい作業になります。ただ漫然とした単語の記憶、図形の記憶、元素記号の記憶などなど。 だから勉強をするとき、そこの意味、これをやることがどの学習の土台につながっているのか、しっかり意味関係をはっきり意識してやることが逆に非常に大事になります。
そうすると勉強が面白くなり、面白い要素が前面にでる時、学習は全く苦にならなくなります。むしろもっと、もっとと追いかけるほどの世界へと変わるのです。義務感で嫌々やっているときは学習している概念が定着することはありません。そんなやり方で何時間やっても概念は定着しないのです。逆に面白く感じた時こそ、余計に概念の定着は最も強固に進むのです。効率よく勉強をする。これは言い換えると面白く勉強をするというやり方を工夫することと言ってもいいでしょう。